デス・オーバチュア
第247話「復讐の星降」




「その身で味わえ、この世で最強の牙と爪……そして、力をっ!」
皇牙は両手の手袋を突き破って黒爪を伸ばすなり、クロスへと襲いかかった。
「…………!」
「なっ!?」
光翼を羽ばたかせた天使の少女が突然クロスの前に出現するなり、両手に持った二門の大筒から赤みを帯びた黄色(琥珀色)の光を撃ちだす。
「舐めるなっ!」
完全に予想外の不意打ち、超至近距離での発砲、にも関わらず皇牙は左手を突きだして琥珀光を『受け止め』た。
「ふんっ!」
左手を振って琥珀光を横に流すと同時に、右手の爪で天使少女を薙ぎ払おうとする。
しかし、爪が届く寸前に天使少女は消失し、代わりのように天使の人形が地に落ちた。
「アーススマッシャー!!!」
空振りし体勢を崩している皇牙に、クロスは琥珀色の光輝を纏った右拳を放つ。
皇牙は宙を滑るように体を横へズラし、右拳と右拳から放たれた光輝を回避した。
「速攻のファーストシュート!」
「ぐっ!?」
だが、回避した皇牙の顔面に何者かの飛び蹴り(左足)が命中する。
飛び蹴りを極めたのは、制服のようなブレザー姿の少女……堕神クライシスことクリーシス・シニフィアンだった。
「閃光の……」
吹き飛んでいく皇牙を、クリーシスは着地と同時に跳躍して追撃する。
「ラストシュート!!!」
前方回転したクリーシスは、回転の勢いと全体重をのせた右足の踵を皇牙の脳天へと叩きつけた。
「ほう……」
クリーシスは感嘆の声を漏らす。
脳天へと叩き込んだはずの左踵が、皇牙の交差した両手で受け止められていたからだ。
「あああああっ!」
皇鱗は両手に力を込めてクリーシスを空へと押し返す。
「……よくぞ反応できたものだ」
空へと押し上げられたクリーシスは宙返りして、華麗に足から大地に着地した。
「まあ、蹴りなど所詮遊びだがな……」
クリーシスは挑発的な笑みを口元に浮かべる。
「我が『魂』宿りしはこの拳のみっ!」
静かなる月光の如き輝きがクリーシスの右拳に生まれた。
「この地上を汚す黴菌……人間ふぜいが調子に乗るなぁぁっ!」
皇牙の全身から青い光輝が爆発的に放出される。
「ふん、神と人の区別もつかぬのか? 愚か者!」
クリーシスは弾けるように空高く跳躍した。
「皇牙ちゃんから見れば、人間(黴菌)も神族(雑魚)も大差ないわよ」
黒爪を引っ込めると左手をギュッと握り締め、左腕をブンブンと回し始める。
「静月のファーストヒット!」
「皇牙ちゃんパンチ!」
急降下してきたクリーシスの輝く右拳と、皇牙のグルグルパンチが正面から激突した。
拳を打ち合わせた形で二人が静止し、闘気と衝撃の余波が周囲を荒れ狂い蹂躙する。
「……くっ」
先に引いたのは、飛び離れたのはクリーシスの方だった。
「へぇ〜、流石は神様、雑菌とは確かに違うね、雑菌とは!」
皇牙はあっさりと先程の自分の発言を翻し、愉しげな表情でクリーシスの力を認める。
相手がそれなりに歯応えのある『遊び相手』と解った時点で、彼女の怒りは消えていた。
「烈火の……」
クリーシスの右拳が赤い炎で燃え上がる。
「さてと、そろそろギアーを一段上げようかな?」
皇牙は先程よりも勢いよく左腕を回転させだした。
「皇牙ちゃん〜」
「セカンドヒット!」
燃え上がる拳を突きだして、クリーシスは皇牙へと飛びかかる。
「パンチ〜!」
グルグルパンチが突きだされると、轟音と共に凄まじい爆風と衝撃が解き放たれ、クリーシスに襲いかかった。
「つっ……ああああああああああああっ!」
常人であれば跡形もなく消し飛ぶ爆風と衝撃に逆らって、クリーシスは皇牙へと迫る。
「凄い凄い〜」
「はあああっ!」
烈火の右拳を皇牙の左掌があっさりと受け止めた。
あっさりと言いながらも、大地と周囲の空間は先程の衝突時以上に闘気と衝撃で震撼している。
「本当凄いパワーね〜。でも〜」
皇牙は左掌でクリーシスの突進を受け止め続けながら、右腕をブンブンと回しだした。
「なっ?」
「一撃に全てを賭けるということは、防がれたら隙だらけなのよぉぉっ!」
「あああああああっ!?」
右拳から放たれた爆風と衝撃波が直撃し、クリーシスが空の彼方へと吹き飛んでいく。
「バイバイ、女神様〜」
皇牙の左掌から三十センチ程の青い光球が撃ちだされた。
超竜波(ちょうりゅうは)、闘気を掌から絞り込んで撃ち出すだけの、ありきたりで何の変哲もない技である。
だが、今回の超竜波は見た目こそ小さいが以前の巨大な光弾を凌ぐ威力を有していた。
以前の国一つを消し去る程度の威力を上回る、大陸一つを沈める程度の威力。
そんなとんでもない威力を秘めた光弾が、クリーシス唯一人を滅するためだけに天へと昇っていった。
「激流のオオオオオオオオオォォォッ!」
「あら?」
絶叫と共に夜空が青一色に染まる。
「サードヒットォォォッ!」
「嘘おおっ!?」
青い流星のような閃光が、超竜波(光球)を貫いて、地上の皇牙へと激突した。



隕石が落ちたようなクレーターが地上にできていた。
「たくっ、ひとの庭を何だと思っていやがる」
クレーターは爆発の割りには小さいというか、ディーンの庵の直前までで不自然に広がりが止まっている。
おそらく、ディーンかアリスが自分達が巻き添えをくわないように何かしたのだ。
この二人にとって瞬時にバリアや結界を張るなど容易いことだろう。
「…………」
「あら、クリティケーと……えっと……誰だっけ?」
アリスが、天使人形を抱いたクロスを見て顔に疑問符を浮かべた。
「昼に会ったばかりでしょう! クロスよ! クロスティーナ・カレン・ハイオールド! あなたに願いを叶えて貰えずに逃げられた……」
「……ん? んん?」
恐ろしいことにアリスはとぼけているのではなく、本気で忘れているようである。
「……んん〜……ああっ!」
不意に思い出したのか、アリスはポンと手を叩いた。
「セシアに負けた娘ね?」
「うぐっ……」
よりによってなんて嫌な思い出し方をする魔女だろう。
昼間の敗北を思い出し、クロスは一瞬言葉に詰まった。
「う〜、負けてないわよ、シルヴァーナだってあたしの……」
「道理で見たことある顔だなと思った」
アリスは、クロスの完全に強気にはなれない主張など聞いてもいない。
「で、なぜ、クリティケーがあなたに懐いてるの? 異界竜と戦っているアレは……ああ、いやいい……そうか、あなたセレスティーナの生まれ変わりだったわね……」
質問を最後まで言わずにキャンセルすると、勝手に全てを納得してしまった。
「何よ、なんでも解っているみた……」
「もう、うざいいぃっ!」
「ふん……」
クレーターの中から皇牙とクリーシスが飛び出してくる。
「雷鳴の……」
クリーシスの握り締められた右拳を中心に電光が迸った。
しかし、『雷鳴のフォースヒット』が放たれるよりも速く、皇牙がクリーシスの横を駆け抜ける。
「……あんた、うざすぎよ」
いつの間にか、皇牙の両手は開かれ、黒爪が刃のように伸びきっていた。
「うっ!?」
ブレザーが切り刻まれ、胸から鮮血が勢いよく噴き出す。
「遊びは終わり、宇宙最強のこの爪で跡形もなく切り刻んであげるわ!」
皇牙は反転し、黒刃と化した黒爪の両手を構えた。
「くっ、よくも大事な私服を……仕方ない、こうなったら見るがいい、我が真の姿を……」
クリーシスは、ズタボロになった黒いブレザーを脱ぎ去ろうと手をかける。
「転……」
『薙ぎ払え、ネメシス!』
「しぃ!?」
「何っ!?」
突然大地を割って出現した超巨大なムカデのようなモノが、クリーシスと皇牙を纏めて弾き飛ばした。



「っぅ……何よ、あれ?」
謎のムカデに弾き飛ばされた皇牙は森の中に落ちていた。
クリーシスの姿は見えない、おそらくかなり離れた場所に落ちたのだろう。
「……ん?」
皇牙は視線を自分が飛ばされてきた方……ディーンの庵があるはずの方向に向けた。
気配と足音、ゆっくりと誰かがこちらへ近づいてくる。
「やっぱり、いつかの人外のガキか」
姿を現したのは、血のように赤いレザーコートを羽織った金髪碧眼の青年ラッセル・ハイエンドだった。
「あ、あんた……地上に来て最初に相手した雑菌!?」
「覚えていたか? 光栄だな、辻斬りのクソガキ」
ラッセルはワイルドな笑みを口元に浮かべ、無警戒に皇牙との間合いを詰めていく。
「さっきのはあんたの仕業? いったいどういうつも……」
「今回は俺の方が辻斬りをさせてもらうぜ」
「へっ?」
一足一刀の間合いまで詰め寄ると、ラッセルは歩みを止めた。
一歩で相手を斬れる間合いと言っても、彼は刀どころかナイフ一本持っていない、完全な無手である。
「知っているぜ、お前、異界竜とかいう神剣より『硬い』生き物なんだろう? あいつとやる前の試し斬りには最適な獲物だ……なあ、ネメシス?」
ラッセルが左手を横に伸ばすと、そこに一人の深紅の少女が出現した。
赤眼に赤毛のストレートロング、ヘッドドレス、チョーカー、カクテルドレス、ロンググラブ、ロングブーツ全てが見事な深紅。
軽装でセクシーなカクテルドレスの腹部には、まるでコルセットのように赤いエナメル革のベルトがグルグルと巻き付いていた。
また、ロンググラブやロングブーツも同質の小さなベルトで束縛されており、とても拘束的な印象のするファッションである。
「ええ、全て『旦那様』の仰る通りですわ」
ネメシスは上品に従順に肯定した後、悪戯っぽく微笑った。
「神剣? でも、何か印象が……ええいっ! 何にしろあんた達なんて皇牙ちゃんが直接相手をするまでもないわっ!」
皇牙は右手に何かの欠片を出現させると、地面へと叩きつける。
「播かれた者達(スパルトイ)よ! 最強の五人のみ我が前に馳せ参じよっ!」
欠片が大地に沈み込んだ次の瞬間、皇牙を守護するように五体の骸骨兵士が出現した。
五体の骸骨兵士達は、今までの骸骨と違って剣と盾だけでなく鎧を装備しており、どことなく格の違う雰囲気を放っている。
「こいつらは何百と量産した粗悪品とはちょっと違うわよ。一体一体が欠片の力を五分の一ずつ……」
「御託はいい、さっさと来な」
ラッセルは右手の中指だけを突き立て、招くように前後に振った。
「黴菌の分際で生意気な……行け、選ばれた者(エリートスパルトイ)!」
皇牙の声を合図に、五体の骸骨兵士が一斉にラッセルへ飛びかかる。
その動きは今までの緩慢な骸骨兵士と違って、常人の目には止まらない神速の域に達していた。
「バイオレントモード(狂暴なる旋法)……」
「えっ?」
いつの間にか、ラッセルの左横に居たはずのネメシスの姿が消えている。
「無限戦刃(むげんせんじん)!!!」
「げええっ!?」
ラッセルを中心に大地から噴出した巨大な赤いムカデのような八つの『刃』が、五体の骸骨兵士と皇牙を纏めて叩き伏せた。
骸骨兵士達は巨大ムカデの刃の一薙ぎで粉々になり、風に吹かれて霧散していく。
「痛ああぁぁ……何よ、その気持ち悪いムカデは……?」
立ち上がった皇牙は、打撲でもしたように右肩を左手でさすりながら、八匹の巨大な赤いムカデに囲まれたラッセルを睨みつけた。
「ああん? 見ての通り、バイオレントドーンのただの剣刃だが?」
「どこがただの剣刃よ!」
大地を裂いて生えだしている赤いムカデ(剣刃)は、一本一本が30メートル近い長さをしている。
「暴れて(遊んで)やれ、ネメシス」
ラッセルが皇牙を指差すと、八匹の巨大ムカデが一斉に皇牙へ襲いかかった。
「ちぃっ!」
皇牙は跳び退るが、ムカデ達は荒れ狂い周囲を破壊しながら、執拗に彼女を追い回す。
「……スケールだけはでかいけど……無駄が多くて荒すぎ……なあっ!?」
空中を飛び回りながら、巨大ムカデ達の猛襲をかわし続けていた皇牙は、突然速度を増した一匹の巨大ムカデに薙ぎ払われてしまった。
吹き飛んだ皇牙は、激突した大木を何本もへし折って、大地に叩きつけられる。
「砕け散れ!」
そこへ、八匹の巨大ムカデが迅速に正確に振り下ろされた。
「がははああっ!?」
「はっ、丈夫だなっ!」
「げふっ!?」
八匹の巨大ムカデが何度も何度も、皇牙の上に叩きつけられる。
一匹の一薙ぎですらエリートスパルトイを完砕する威力を持つのである、そんな一撃が八発重なって、何十回と皇牙へとぶつけられた。
それでも、皇牙は見た目、砕けも裂けもしない。
大地と巨大ムカデに挟まれる際の衝撃で、衣服をボロボロにし、体を薄汚れさせるだけだ。
「あ……ぐ……ぁ……」
「呆れたしぶとさだ……いいぜ、くたばるまで何万回でも何億回でも叩き伏せてやるっ! ネメシス・マキシマムビート(最大鼓動)!!!」
八匹の巨大ムカデが、大地に倒れ伏す皇牙だけに信じられない超速度で連打される。
「あ、ああ、あ……あああああああああああああああああああああああっ!」
「ああっ!?」
絶叫を上げて、皇牙が青い閃光を放って大爆発した。
「……ちっ、殺到(ラッシュ)はこれからだって言うのによ」
爆発からラッセルを守るように八匹の巨大ムカデが取り巻いている。
バイオレントモード『無限戦刃』は攻撃だけでなく、防御も兼ね備えた完璧な戦刃(戦陣)だった。
「……痛い……」
「ああ?」
爆心地に、全裸の皇牙が呆然と立ち尽くしている。
「痛い、痛い痛い痛い痛ああいいいっ!」
自らの体を掻きむしるように抱き締めていた皇牙の両腕が、無数の漆黒の鱗で覆われた『竜』の腕へと変質した。
「へっ、やっと本性を現し……なあっ!?」
「いやあああっ!」
いきなり目前に出現した漆黒の竜の左腕が、巨大ムカデ(戦刃)を三匹まとめて切り裂く。
「なんだと!?」
「あああああああああっ!」
正面の守り(戦刃)を失ったラッセルに、漆黒の竜の右腕が襲いかかるが、間一髪で彼の左右の戦刃が飛び出し、身代わりに引き裂かれた。
「ちぃぃっ!」
ラッセルの決断は速い。
彼は残る全ての戦刃を前面に持ってくると同時に、自らは思いっきり後方に飛び離れた。
「がああああああああっ! ああああああああっ!」
絶叫しながら、皇牙の竜化した両腕が戦刃を全て切り刻んで崩壊させる。
「逆鱗に触れるってやつか……」
ラッセルの姿は皇牙の遙か上空にあった。
彼は皇牙が戦刃を破壊している間に、安全圏と思われるこの位置まで逃れていたのである。
あんなデタラメな破壊力の両腕と、まともに打ち合うなどできない、そのことを瞬時に認め、離脱を選択しなかったら、自分も今頃、戦刃と同じ運命を辿っているところだった。
「……『鞘』に入れたまま殺り合える相手じゃねえ……」
ラッセルの左手の甲に奇妙な赤い紋章が浮かび上がり、光り輝きだす。
「ううう……があああっ!」
獲物の居場所に気づいた皇牙が、背中から竜の翼を生やし空へと飛翔した。
空(ここ)もまた完全な安全圏ではなかったのである。
「いいぜ、さっさと来やがれ、理性を無くした化物!」
ラッセルの左手には、剣刃の無い柄と鍔だけの深紅の剣が握られていた。
「ブリリアントモード(華麗なる旋法)……」
剣を振りかぶるラッセルの周囲を、七つの深紅の矢尻が星のように輝きながら舞っている。
「剣閃星流(けんせんせいりゅう)!」
常軌を逸した速度で矢尻が増殖し、輝きを深紅一色から虹の七色へと変えていった。
数百、数千、数万……数億の七色の星が夜空を埋め尽くすように光り輝く。
「メテオ・オブ・ネメシス(復讐の星降)!」
「ああああああやあああああっ!?」
ラッセルが剣を振り下ろすと、全ての星が一斉に地上へと降り注いだ。







第246話へ        目次へ戻る          第248話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

返信: 日記レス可   日記レス不許可


感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜